ひたすら飽きるまですばるくんと関ジャニ∞とそれから

やっぱりやすばin2017

※全部す担の超偏りまくりのやすばです。
※めっちゃ赤い景色です。
※ものすごく個人的な見解です。



私はやすばが好きです。
好きと言ったら語弊があるかも。私はやすばから離れられません。やすばが蜜月期だって氷河期だって、そんなことを気にされなくなるほどやすばが薄れていったとしても、私は絶対やすばから離れられません。

私はすばるくんが好きです。
すばるくんのことは一生好きで、もうずっと私の正しさで道標で、だから神様で教祖で、私は信者で、もう宗教なので、すばるくんの全てを私は肯定してしまいます。
だから、正直なにもない。すばるくん「が」誰と絡むときが一番好きっていうのは特にない。すばるくんが好きだから、すばるくんが好きな人のことは私も絶対好きになっちゃうし、すばるくんを好きな人たちのことは同志だからそれ以上に大好きなんです。

だから、私は安田くんが好きです。
すばるくんが好きな人だし、すばるくんを好きな人だから。それに私は人としても安田くんが好き、人を明るくさせる人だから、努力家だから、楽しい人だから、全部を守る愛を持っている人だから、そんなの並べたらキリがないくらい安田くんそのもののことも大好きです。

だけど、安田くんはすばるくんの次に好きな人だから当然にある。安田くんが、どの人、どんな人と一緒にいたら一番嬉しいのか、それが、その相手がすばるくんなんです。

やすばはやすばを好きって思う感情以上に辛いものがいっぱいあるから、やすばを好きっていうこと自体がしんどくなるときがあるんだけど。笑

安田くんは優しい、優しすぎて見ていて辛くなるときがある。安田くんは笑っているはずなのに、しんどくて泣いちゃいそうになるときがある。

安田くんはとかくなにかを押し付けられがちな人だと思う。優しい人、良い人、変な人、面白い人、天然な人、その全部が安田くんの要素であることはまぎれもない真実なんだけど、なんだけれど、でもそのレッテル(というべきか…)が安田くんの全てではない。安田くんの一部分であって、全てではない。
普通の人だったら、安田くんがもし、そうしたら安田くんに対してこんなにしんどくなることはないんだけど、でも安田くんはテレビの人だから、アイドルだからしんどい。

キャラ、途中まで一番わからなくてしんどそうに見えたのが安田くんだし、安田担の人ってそこを乗り越えてきてるからすごい。私には安田担は絶対無理、ほんとにすごいなって強火の人を変わらずにずっと好きでいる人をみると思う、尊敬してる(笑)
ほんと、今までもこれからも安田くんを愛していけるその強い心の源を教えてくださいやす担の方々!!笑

すばるくんはすばるくん自体がグラグラ揺れてもし変わっても、与えてくれるものは大体一緒だから。すばるくんは自分が好きなものしか愛さないし、だからすばるくんを通してはすばるくんが好きなものしか見えないんです。すばるくんの好きは大体同じ、少しずつ大きくなったり広くなったり深くなったりして変わっていくように見えたり、まあ実際変わった時はハッとして私は一瞬立ち止まっちゃうんだけど、それでも大体は同じだから、だから割と大丈夫。す担って思ったよりも他担よりメンタル保つの簡単だと思う。まあまず信者なんで調教されてるんでっていうのもあるけど。(≒みんなこっちおいでよー!)

なんか話逸れたすぐ愛情がそっち向く。

とにかく天性の優しさが故に押し付けられるものが多い安田くんは、優しすぎてそれを全うする。
もちろん安田くんの良い面だっていうのはそれはそう。安田くんの当てていく力はこれだから。音楽、衣装、求められている今に今の関ジャニ∞を当てていけるのは、こういう安田くんだからできること。

でもさ、、
お年玉、あげてるようなファンから尊敬される人であらなければ、なんて一体誰に言われちゃったの。

いつでも優しくいなきゃ、可愛らしく、でも時々は男らしさを出して、

あーーもうダメ!しんどい!ってなるんです。それがしかも「無意識下」(安田くんのお言葉お借りします)だから無理、キャラ作りのためにやってるって思ってないから逆にしんどい。

でもヤスは(中略)根本的に優しいから、そうやっていつも勝手に期待されて、しんどい部分もあるやろな。(with 2013年10月号)

まじで、this is it 自担まじで分かってるわだから教祖だって信者の感情理解しすぎ。
ていうか、そこを理解した上で一緒にいてくれるからすばるくんと一緒の時の安田くんが一番好きていうのも一要素。

すばるくんはなにも考えない、安田くんに求められているものを貼り付けようとしない。

だってすばるくんにとって、安田くんはただ「生まれてくれたヤス」なんだもん。

安田くんのそばにずっといてほしい、安田くんが自然に優しくなれるから。安田くんのすばるくんを見る目がすごく好き。
私の好きなやすばの関ジャムのセッションは、実はSuperflyさんとのセッションです。やすば教の方々で共感してくださる方いないかな、、私ほんとにあのセッションが一番心臓があっつくなる。す担だからっていうのも大きいかもしれない。
虹ももちろん素晴らしくて、大好きで感動して泣けちゃって、やすばライブ見たい〜!!って思わされるんだけど、だけどあれは安田くんとすばるくんで作り上げた景色だから、私の見ているやすばとはちょっとだけずれてるのかもしれない。

私の見ているやすばの安田くんは、あんな風にしてすばるくんを少しだけ斜め後ろからちょっとだけ笑って見る安田くん。すばるくんの背中の光にぶつかっていく安田くん。すばるくんの笑顔とか、音楽を守り続けてくれている安田くん。

私の見ているやすばのすばるくんは、一番優しい人。自分の愛情を有り余るほど注ぐ人、でも届かない人、言葉にしない人。そばにいることで伝える人。

安田くんは本当にすばるくんのことをよく見てるから、きっとすばるくんの言葉にならない愛情を全て完全に受け止めてくれていたんだろうなあ。でも、返しが足りないよ!!とも思うけど、、これはす担だから仕方ないよね、、でもでもやっぱり元々見えない愛情を聞こえない中で受け止めるなんてやっぱり安田くんの持ってる力は本当に深くて広い。

だから安田くんみたいな人にすばるくんのそばにいてほしい、安田くんの一番になったら嬉しいと今だって思う。
それに、こんな風にしてすばるくんのたった一人の人に傾ける優しさとか愛情をみられるから、すばるくんも安田くんみたいな人のそばにいてほしい、ずっといてほしい。

なんでかなあ、やすばを思い出すといつも、背中に隠れたお互いの横顔が浮かぶ
見つめあって笑い合うより、背中越しにお互いを見ている二人の姿が。

でもすばるくんは安田くんの優しさを知らないわけじゃない、気がついていないわけじゃない。見ないふりもしていない。無人島ではいざとなったら自分のために命を差し出してくれそうなんて、安田くんの優しさの危うすぎる部分を分かってる。分かりすぎて、理解してる。
理解した上で安田くんの優しさに甘んじるすばるくんはもういなくて、それがやすばの今だと思ってる。

すばるくんにとっての時間的充足と精神的安定のどっちもを満たしてくれていたあの頃のやすばではなくて、いまのやすばはお互いの成長を補完し合う大事なメンバー。
何から何まで隣り合わせでいて、肩を組んでキスをして、全てを理解し合おうとしていたころではなくて、ヤスのこんな部分は俺と同じ、でもここは違う、だけど分かるってそんなやすば。

もちろんそんな頃のやすばが好きだから今だってこうやってやすばを拗らせているんだけど、すばるくんを今みたいな形にしてくれたのは安田くんがいてくれたから、安田くんが与えるものですばるくんは見られている姿を思ったんだと思います、多分ね。安田くんのそういう感じとる力が優れているから。

ああでもやっぱり今だってすばるくんが愛し続けてくれてたら、ヤスを落とすつもりだったなんて今も言い続けてくれていたら、私はもっともっと心穏やかにいられるんですけどね。

これからはもっと目を見て、それだけでいいです。わからなくたっていいから、お互いがお互いの見えるところにいてほしいよ。

すばるくんは強烈な光を放つ背中を持つ人、でもそんな背中を預けられるのは安田くんだけ。きっとそんな過去があって、でもすばるくんは大人になって甘え方を知って、大切な人が少しだけ増えて、
安田くんの存在が一番で無くなるなら、彼の一番もすばるくんでなくて良い。
もちろん正しいんだけど、正しいんだけど、なあ…

安田担の方とお話ししてす担として訴えることは、やすばにおいては安田くんが悪い、ってこと。安田担の方にはもちろん否定されるんですけど笑
安田くんに手放して欲しくなかった、でもそうしたから今があって、

ああああ、やすばの無限ループがまた始まります…

赤と青の奏でる景色が見えそうになってからずっと、こんなことを思っています。しんどくて全貌なんかちっとも見えなくて、でもそんな沼で足掻いてるおたくが楽しいなって心のどっかで思いながら。

desireみたいな景色はもう一生見られなくても、これからの二人の目に映る景色がどうか同じ色でありますように。

私は関ジャニ∞が大好きです。

すばるくんが大事にしている人たちとすばるくんを大事にしてくれている人について改めてin2017

※本当に言い訳ではなく、関ジャニ∞が好きで関ジャニ∞のすばるくんじゃなかったらって想像しただけで泣けるんですけど、この後の文章はものすごく信者で視点が一辺倒です。

※ヨコヒナ担、三馬鹿が好きな人、には受け入れにくい話かもです…。

※あと、ジャムツアーのネタバレあります。




ここ最近、どうにもみぞみぞしてしまうすばるくんによる関ジャニ∞の歌が多い。

昨年のエイタメツアーで披露されたよこすばのハダカ、ジャムに収録されていた生きろ、そして三馬鹿のAnswer。もうこの並びだけで自分の眉根が寄る。やばい辛い、ってやつです。
一年かかってもハダカを消化できていなかったというのに、三馬鹿のユニットと聞いてなお生きろとは、なんとも、なんとも、酷で、、(死)
という感じでなんとなくエイタメジャムツアーを迎え、やはり想像通り生きろで悶えAnswerで爆死してしまった私は遺書的な文章を認めないことにはどうにも今後生きづらいと思い、ここで自分の気持ちを整理するための文章を書こうと思いました。前置き長い。


先にあげたすばるくんの三曲って、全然音楽詳しくないからどう言うべきなのか知らないんですけど、シンプルで音数が少なくて、だからなんというか受け手としては情報が少ない、というか。
まあ、だからこそdesireみたいな音をすばるくんに送った安田くんの癖には共感するし切ないし、今の安田くんは今のすばるくんのためにだったらどんな曲を作ってくれるのかなあ…と想像して辛くなるのはやすば沼の話だからここでは避けます。言ってて泣きそうになってきた。


私はもう超絶盲目信者のす担なので、何事もすばるくん起点かつすばるくん終点でしか考えられない。そう思った時、まず起点は、ユニット曲に限るとすばるくんの期待、かなあと。
どの曲もメロディをつけているのはすばるくんであって、とにかくよことひなの音が多い。


もう一つ遡らせてもらうと、あの、もはや神話のような渇いた花が。すばるくんから持ちかけたっぽい話を見ていた(村上さん「最初に聞いた時、何を言ってんねんと思った」てきな発言)からこそ、この曲には本当に村上さんへの期待とあとはお互いに対する信頼を感じて胸が、ジーンですよ(語彙力)

もう記憶が薄いけど、絶対に忘れたくないのは、ドーム中に反響して何度も遅れて聞こえてきたすばるくんの声と村上さんのピアノの音、幾重にも重なったブルースハープと村上さんの歌、ドームみたいな場所でしか聞くことができない渇いた花だった。あの時間、響いて重なる渇いた花は完成された空間じゃ聞こえない、だからライブが好きだし大きくて遠いアイドルな関ジャニ∞を応援したいと思うことができたんだよーーー!涙

この曲には表現としてからでしか解釈する余地がないから、すばるくんの期待と村上さんのなんというか仕事人らしさ(日本語が浮かばない笑)、あとは、ドームっていう条件下で二人だけで渇いた花をやろうって思うにいたるまでのお互いへの信頼感、そういう部分を想像して抉られてた。

すばるくんと村上さんは絶対てきな幼なじみ感というか、もう何物にも代えられない時間が培ってきた二人っていう感じが強くって、根拠がなくても信じ合ってる感じがたまらなくって、渇いた花ってまさにそこだなって。
「根拠はないけど、すばると(ひなと)やったら絶対すごい(なんか)ができる」っていう感じで始まった感じがたまらない感じ。感じばっかり全部感覚。


そんな感じで翌年にやってきたのがまさかのよこすば。私は死ぬしかないと思った。しかも作詞横山さん、横山さんがすばるくんとの歌にどんな言葉を選んでくれるんだろうってめちゃくちゃ緊張した。

ひなちゃんとが幼なじみなら、横山さんとは、連れってイメージ。村上さんがすばるくんを甘やかして見ていてくれて、すばるくんが横山さんに甘えて横山さんは黙って許してくれる。
という図でよく見ていたから、横山さんがすばるくんに向けて発信するものって、、ものって、、、!ってめちゃめちゃ緊張したところがあったんですよね、す担だからこそっていうか、横山さんの担当の方からしたらすばるくんにどんな目を向けてるとか分かったのかもしれないけど、私すばるくんの信者だから、多分全然見えてない。だから緊張しました。

で、ハダカを聴いたら死ぬんですよね。泣いちゃう。もう二人の間はそういう感情の話じゃなくて、圧倒的にすばるくんの昔を許して、今を愛して、これからもそばにいてくれるって約束してくれてる感じがして、もう、よこ、ほんといつもありがとう大事にしてくれて…涙。なのです、何度でも泣きます。

よこはほんとに優しい、いつもなんでも許してくれるんだもん。「同じので」ってよこの後ろばっかり歩くすばるくんを、よこは絶対にいつも後ろから黙って見ていてくれていて、すばるくんの行く先をいっつも許してくれる。月と太陽なんて言わないで(じゃないって言ってるけど)、くしゃくしゃな笑顔、いっつも守ってくれてありがとうね。そうだ、ああ、そうやっていつもいつも一歩引いてるそれがよこ…涙涙、と涙ぐみながら聴いてたら、まあこの歌については多くを語らないと、誰が誰のための曲とかそういう名言を避けている発言を多く目にし、慌てて正座をしましたよ。

正直言うと、そんなこんなでハダカをまったく消化できてなかった。よこ→すばの歌って矢印を付けさせてくれないから。きっともっと違った思いが二人の中にあるから。だからどうやって噛み砕いたらいいのかわからなかった。ずっと分からないし見つからなかった。


したらなんと、間髪入れずにきたのがまさかの三馬鹿ユニット。Answer、、、はあ?死ぬの?と。
初めて聞いたのはアルバムを買った時。ピアノ、トランペット、ブルースハープの音から始まるそれに、まあ多分まあまあな人数の人がハダカを思い出したと思う、というか私はそうだった。だから期待したんです、各々の楽器を持ってドームに立つ三人の、さ、ん、に、ん、の姿を、、。ああ三人、、、。

正直歌詞は難しかった、やっぱり誰かのための歌じゃなくて、誰でもに向けての歌っていうのは言ってたし変な自己解釈を入れて行くと爆発するって思ってたし。だから結局今も分かってないと思う、分かったふりをしてしまう自分もやだなって思った。

ただついに、音楽を愛してるすばるくんがやっと大好きなよことひなと三人で音楽をやれるんだって思ったらそれだけで泣けてきた。私はす担なので、結局この起点でしかものを考えられない。ほんとごめんなさい。

でね、見ました。Answer。踊ってました。三人で、衣装を重ねてトリオで、メインステージで綺麗に揃った振付で、バックに若かりし自分たちを背負いながら。

あそこに三人の写真を持ってきたこと、どんな理由があるんだろうって思いました。はじめは、なくたって充分に三馬鹿っていうだけでそのノスタルジックさは表現できるけど、その「三人み」をより視覚的にわかりやすく表現したのかなって。応援歴に関わらず、広い人になるべく同じ感情を抱いてもらうために、って、ドーム規模のアイドルだからきっとそういうことを勘案して、って。

でも、なんか見るたびになんとなく変わっていく気分がして。三人それ自体の表現ではなくて、今の三人、の強調かなあって。

だって誰が想像してたんだろうって思ったんです、Answerを聴いたとき、こんな風にして三人がドームで踊る姿を。今まで見せてくれたことのなかった、新しい三人だったから、知らない三馬鹿だったから。きっとまあ多分まあまあな人が想像していなかったと思う、そこに向けての期待ではなかったと思う。

先輩のバックで踊ってこなかった、特別な三人だったころの写真を見て、ダンス嫌いやって寝転んだすばるくんの姿を思い出して思った。
期待通りのことをやってこない関ジャニ∞だから好きだった。やっぱり今度も裏切られた、本当にすごいと思った、そしたらまた泣けてきた(笑)

すばるくんが関ジャニ∞っていうアイドルだって名言をしてステージに立つようになったころから感じてたこと、もう私の好きになったすばるくんと関ジャニ∞じゃない。そしてそれがとてつもなく嬉しい。


私の好きになったすばるくんは一人じゃ生きていけないのに一人に見えた。本当の意味で一人ではなかったけど、ただ自分の未来に必死で、音楽に貪欲で、前しか見てなかった。それから過去を切り取るようになって、丸くなって、

ずっとただ前に進まなければって、やるべきことはわかってるって、過去の自分に嘘をつかずに正直に生きてきていたすばるくんが、そんな姿が好きでいたから、「生きろ」をすぐに理解できなかったのはほんとです。
ってか正直、初めに聞いた時は、すばるくんほんとに神様になっちゃったーって思った。まじで笑い事じゃないこれ。
すばるくんの生き様とか背中とか、歌とかそういうのだって充分に人を惹きつける力があるのに、それだけで充分私たちは与えられてきたのに。
だってそこがすばるくんのカリスマ性で、すばるくんはあの世界で生きるべき人だし表現し続けるべき理由なのだと思ってたのに、ええ、それだけじゃなくて、人に自ら与える立場になったのか、と…。やっぱりもう私の知っているすばるくんではなかったんだ、と実感させられました。


そんなすばるくんの歌を七人で歌う姿を見て、改めて応援していこうと思ったのは、与えられるものが心地いいから、変わっていく関ジャニ∞に与えられるものがやっぱりまだまだ欲しいと思えたから。

ドームがこんなに似合っていたかな、こんなに変わり続けていたのかな。私はいつからバンドにこんなに委ねていたかな、すばるくんにウインクなんかして欲しいっていつから強請るようになっていたんだろう。

変わることって怖いなって思ってしまうタイプの人間ではあるし、できれば何も変わらずいたいって今の幸せに甘えるタイプだったけど、関ジャニ∞には変化を期待できる、怖がらずに待てる、まあやすばみたいに自分が納得できるまでに時間がかかることもあるけど、でも結局信じちゃう、好きになっちゃう、変わった後の関ジャニ∞を。
だからこれからも多分ずっとまだまだ、好きでいるんだろうなあって思ったし、見に行きたいなあって思いました。そういう気持ちにさせてくれるから、更新してくれるからやっぱり私はエイトのライブが大好きなのでした!

あーー福岡行きたいっ

私を構成する9枚

ジャニーズとかほっとんど関連していないけど、流行りに乗って、記録用に載せさせてくださいな。

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単純に、左上から右下に、出会った順

音楽を自覚させてくれたyui、背伸びしても届かなかったaiko携帯小説と本棚に並べたyui、真新しかったチャットモンチー、こんな音聞いたことなかった東京事変、ワンフレーズで落とされた関ジャニ∞、色褪せないYUKI、一夏を越した椎名林檎、やっと新しい音楽に興味を持てたMrs.GreenApple

世代わかるのかな〜、あと大体同じアーティストばっかりこすってる。同じ音楽とか、同じ食べ物とかばっかりこする人って依存体質らしいです。当たってると思います。

FROM ME TO YOU-YUI
CDデビューの遅かった私が初めて買ったCDです。
能動的に誰かの音楽を好きになったのはYUIが初めて。
実はこの前にKAT-TUNのアルバムを誕生日に買ってもらったっていうカラクリがあるんですけど、音楽っていうより上田くんにご執心だったがゆえのプレゼントだったので、ここでは省きました。笑
今聞いてみたらすごく素直で正直な歌ばっかりで、今の私では後ろめたさも感じてしまうくらい。好きな人に恥じない生き方をしたいと常に思います。

桜の木の下-aiko
可愛い女の子はaikoが好きだって思ってた。佐藤ありさもカラオケでよく歌うって言ってたし。それで聴いてみようかなって思ってツタヤで借りた私のファーストaikoがこれでした。
そのときaikoが言ってることはきっとほとんどわかっていなかっただろうけど、たぶん可愛い単語が並ぶ曲目リストを見るだけで満足してた。

I LOVED YESTERDAY-YUI
今も定期的に聴き返して病む一枚。生きるって息苦しいよね。自分らしさとか考えないで生きていけるようになりたいものです。
ちなみに携帯小説世代です、バリッバリの。恋空回し読みの世代ですよ。携帯小説のキラキラした背表紙とYUIのCDが並ぶ私の本棚でした。カオスだな。

告白-チャットモンチー
友達に勧められて聞くようになったチャットモンチー。バンドって括りの音楽が初めてで、全部新鮮でここ入り口にすぐ全部のアルバム取り込んだなあ。カラオケでもいっぱい歌ってた。お洒落になったみたいで楽しかった。
チャットモンチーは今でも色んな感情を思い起こさせてくれるから、私の思春期に根ざしてるなって思います。厄介です。

娯楽-東京事変
事変はどれにするかすっごく迷ったけど、一番理解に苦しんだ娯楽で!
もう、初めて聴いたときの頭のぐっちゃぐちゃ具合は忘れられない。これも音楽か、音楽って?
今でも聴いていたらたまに頭がこんがらがるよ。事変を聴いてる間は何にも考えたりしないのが一番ですよね。聴き終わったあとに迷走するけど。

8UPPERS-関ジャニ∞
はい!!これですよね!!!私の人生はここから始まったんです!!!!
私が関ジャニ∞に出会えたきっかけ。すばるくんを好きになったのはたったワンフレーズ「勇気の詩よ」ってただそれだけで、でもこの一枚がなかったら私は今何をして生きているんだろうって思うくらいだから、ほんっとこれ抜きには私の人生は語れません。語るほどの人生はないけど。

PRISMIC-YUKI
YUIの隣にはいつもあるんですよね、YUKI。ツタヤの話ですけど。出会ったのはたったそれだけで、でも日本語ってこんなに綺麗なんだってYUKIが教えてくれた気がする。
あと、歳をとることの豊かさも。
と言いながら、このギラッギラのYUKI"ちゃん"が一番忘れられないからこれで。

勝訴ストリップ-椎名林檎
林檎さんはずっと好きなんですけど、他にもっと好きなアルバムもあるんですけど、私の人生を構成するっていうとこれかなあ。私の初めての、もう二度と来ない夏休みはこの一枚を常に持ち歩いて超えました。
え、いつかって、大学一年の夏休みだよ。勿体振ることもないけど、ちょっとぼかしたらなんか面白い文章になる気がしてごめんなさい。

PROGRESSIVE-Mrs.Green Apple
はいこれ!最後!はいはい!だいにの夏休みはこれですよ!バイトヘルプの疲労の横にはだいたいミセス。大好きだなあ〜って聞くたびに思えるから、まだこすれる。
こういう文調でレポートとか書きたいって感じ。この瑞々しさにハマります。音も、言葉も全部が弾ける前の、つぼみって感じで、それは未完とかそういうニュアンスではなくて、ただ可能性と、今まさに、誕生している、ていう感覚。
若い音楽はいい、気分あがるよね。
ちなみにだいには大ニと第二。

以上です!

レポート地獄より

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とある日の授業で
アイドルにお金を注ぐのは蕩尽だ
と言われた。
アイドルのファンにとってしか価値のないものにお金を使う
見返りは大好きなアイドルの笑顔?

全くその通りだ。
立派なことだ。
やっぱり過程長なだけあって、賢いのですね。

アイドル文化は贈与経済だ、蕩尽だ、否定はできないが肯定もできない。

だって知らないのだろう。
私がチケット代を振り込む時に、これで明日も大好きな人たちがあったかいご飯を食べて、あったかい布団で眠れますように、と些細な思いを感じてATMを操作することを
分からないだろう。

贈与?
見返りはアイドルの笑顔、その通りだ
見返りはアイドルが今日もこの地球で正しく笑顔でいられることだ。

蕩尽?
大好きな人の幸せを願うための手段、私たちにはお金しかない。

彼らと決して繋がることはできない。
お金を媒介に彼らがたくさん美味しいものを食べられるように、立派な洋服を着られるように、買いたいものを買えるように、と願うことしかできない。

そんな願いをお金に託しているだけだ。

あーあ、釈然としないから期末レポートに絶対このこと書いてやろう。


それから先日は、村上信五さんお誕生日おめでとうございました。
どこでも言いそびれてしまったので、ここで。

さて、課題やらなきゃな。

改めてやすばin2016

※やすばに対する一個人の超!超超超主観を並べた自己満足に他ならない記事です。やすばが大好きで、安田くんが大好きで、すばるくんが大好きな関ジャニ∞ファンの方は見ないほうがいいと思います(笑)

※便宜上断定的な文章が続きますが、読み進める上では文末に全て「と思う」を付けて頂ければと思います(笑)





やすばの沼に浸かったのは久々な気がする。
すばるくんが好きな人間なら一度は迷い込むであろうやすばの森、迂闊に足を踏み入れればその奥で音を立てずにひっそりと佇むやすばの沼にうっかりと足を突っ込んでしまうことになる。やすばの沼はそれほど静かにそこに位置していて、誰を呼び寄せることも拒絶することもしない代わりに自分から突っ込んでしまったら自力で抜け出すしか道はない。そんなやすばの沼に久しぶりに爪先を落とした気がする。

それもこれも全ては、今回のツアーがとても楽しくって、関ジャニ∞をもっともっと大好きにさせた関ジャニ∞のせいだ。
過去のDVDを見て、やっぱりいっつもかっこいい♡とかいう甘ったれた気持ちだけじゃ終わらせない関ジャニ∞だってことは重々承知していたはずなのになあ、また私は関ジャニ∞の闇の一つであろうやすばの沼に引っかかってしまったんだなあ、自分の愚行を悔やむ。

私がここまでやすばを敬遠する理由はただ一つ、やすばのことを考えていると病むからだ。やすばって、本当に怖い。

やすばって怖い、それを一番最初に突きつけられたのは多分大勢の人が頷いてくれるであろう、ぱっちのお手紙だった。怖い、グルグルと果てしなく脳内を言い様のない絶望が巡る。

やすばは怖い。何故怖いかって、すばるくんが自分から愛情を傾けた人を手放した過程がまざまざと見えるから。もちろん今だってすばるくんと安田くんは仲良しだと思うし、お互いのことを好きだと思う。でも所謂やすばと呼ばれていたあの時期は、明らかにすばるくんの一番が安田くんで、すばるくんは持ち得る愛情のほとんどを安田くんに注いでいたはずだった。

すばるくんはきっと大切なものが少ないタイプの人間で、好きな人もあんまりいないし、友達と呼べる人をたくさん挙げられる人間じゃない。だからこそ、すばるくんは大事なものをちゃんと磨いて、匿って、一生をかけて愛していけるのだ。不器用で、損をしてしまうことも多いと思う。安田くんはきっと真逆のタイプ、大好きなものを大好きとすぐに認めることができて、一つ一つを大切にしていける。器用貧乏を大成させられるのは安田くんの才に他ならない。すばるくんではできない生き方だ、すばるくんがもし安田くんと同じだけのものを愛していこうと思ったらきっと壊れてしまう、と思う。

そのすばるくんが見つけた安田くんという存在がどれほどのものだったかを、私は知ることはできないけれど、やすばという三文字でくっつけられることに違和感がなかったあの時期は、

それが、「何番目かに愛してください」へと変わっていく。
今はもう、desireはもう歌わない、と言い切ることができる。

すばるくんは一体どうして、安田くんを手放すことができたのだろう。

安田くんはきっとたくさん愛されて育ってきた。人に優しくされて、笑顔を向けられて生きてきた。だから人に優しくできる、惜しみなく笑顔を向けられる、たくさんの愛情を注ぐことができる。
すばるくんがそんな人に傾倒するなんて、今だったら、もし今からやすばが始まろうとするなら、そんなことが始まるなんて怖くって、目を瞑ってしまいたくなる。
しかしやすばは過去で、でも確かに存在した。

私はすばるくんが大好きなものしか知らなかったのだ。歌と音楽、関ジャニ∞と、ヨコとヒナ、お母さんと筑前煮、すばるくんはごく少ないピースで形成されていて、本当に必要なもの以外は切り捨てる強さを持っている。
安田くんは、全てのものを捨てずに抱えて愛し抜く強さを持っている。
すばるくんは(明日には)変わらない。
安田くんは(明日でも)変われる。
どちらも強い、私なんかじゃ目を瞑りたくなってしまうほどの強さを持っている。

元気が出るsongを聴いた時、正確には安田くんの歌詞のあとにすばるくんの歌詞を読んだ時、二人の生きてきた道がこんなにも違うのだということをまた実感した。わざとでないと信じたい、安田くんの後にすばるくんが歌うことが、二人の歌詞が、自然で怖かった。
安田くんは日々を進み、変化し、より良い未来のために生きていく。すばるくんは過ぎていく日々を切り取って、選択し、過去に恥じない自分を生きていく。

そんなすばるくんが変化を自覚し、受け入れたときは大きい。ほとんど全てが変わる。しかし安田くんは聡い。そんなすばるくんをきっと受け入れて受け止め、そして手放すこと、手放されることを認めた。安田くんは本当に正しかったのだろう。すばるくんを手放してくれて、ありがとう。愛するものを抱えていく安田くんが手放した数少ないものがもしかしたらすばるくんなのではないだろうか。安田くんは日々変わっていく人だから変化に柔軟で、自分一人で解決できる人だから、きっと変わりながら生きていけるけれど、すばるくんにはきっとそれができなかった。できなかったから、すばるくんは一番を手放して、安田くんは一番でいることを諦めた。安田くんに一番はなかったかもしれない、でもすばるくんの一番であることを認めてくれた。そして一番でなくなることを許してくれた。

私がやすばを怖がるのは、全てを抱える安田くんが手放したから、すばるくんが自ら愛情を手放したから、そのことがとてつもない違和感として現れるから。私がそれを処理できないから、咀嚼できないから。

ああどうしよう君へのキャロルを聴きながら書いていたから、なんだかもう、泣きたくなってしまう。

でもね、私はすばるくんのことが大好きで、すばるくんを一番可愛がっているから、安田くんには手放しなんてしないでよ!!!とも思うんだよ。なんだかなあ、やすばって、やすばってやっぱりすごく尊くて、もしかしたら、明るすぎて見えない。

やすばは今となってはもう過去だけど、やっぱりすばるくんを好きでいる限り、私の一生忘れられない沼なんだろうなあ、またこうして足先を沼で冷やしてしまったら今の関ジャニ∞を見て、納得するしかないのだと思う。安田くんが手放したから、すばるくんが変わったから、いまの大好きな関ジャニ∞がいるのだと。そうしてこれからも小さな二人が肩を並べて笑う姿を画面越しに眺めていくしかないのだなあ。